なぜ人は恋に落ちるのか
今日、友人の家に行って
演劇の稽古をした。
動物園物語という本を前回読んだから
それを元にして現代版として一旦やってみようということだった。
廊下から持って来た仮設的な2つの椅子があって、その椅子の片方にピーター役が座り、ジェリー役の人がその椅子をどうにかして奪うというものだった。
性別や年齢は演じる人に委ねられ
色々と分かるものがあった。
①どうしても座りたいという切実さ
②椅子に座っている方は話を聞いてあげる寛容さがないと、ナンパされた人みたいになってしまって会話が冷たくなって厳しい。
話してもいいですか?どうぞ。という話。
③パーソナルスペースとかが男女で違うこと
④気持ち悪さでどかすか、お願いするかとかバリエーションは多くない。でも途中から気持ち悪くなるとかが違う。
⑤服装にコンプレックスがあるとかだから話したいとかは分かる
⑥キリンとかそういう具体的な話をした後にそれを話したかったんだっていう切実さ
⑦赤くて鳥で首が長いやつってなんだっけ?
って質問してフラミンゴって答えさせる質問の仕方
など。
そのあと、4つのカレーと3つの胡麻ドレ1つの和風ドレのサラダと養老の水でご飯を食べた。上の話をしながら。
そのあと彼女のワニの話だったんだけど、
大変に感動した。
1つのものに対していろんな時間と意味がくっついていて天才かと思った。
大学にいって友達に話したら、建築はもっと広い概念じゃないと厳しいのかなって言われた。よく分からないけどそうらしい。
僕はその時に多分恋に落ちた。
説明している自分を俯瞰して恋してることに気がついた。
そういうことか。
これが演劇なのかと書いてみて思った。
今は2:20。
明日はダルい模型作り。
何時までやるんだろう。
いい建築だといいんだけど。
今日、帰りの地下鉄名古屋から名鉄名古屋に歩いてる時、昨日ハルと歩いてバイバイが重なって悲しくなった。存在だけで救われることがやっぱりあるんだと思った。いないものをいるということにしておきたいそういうものだと思った。これは神とか妖怪とかと一緒だと彼はいうだろう。
今日楽しかった。ハッピー。